6/19/2010

新卒でアメリカ企業という選択

僕は大学卒業後、最初の会社としてマイクロソフトを選択した。この選択が今の自分のコアに深い影響を与えている。とくに、以下の3つが、今の僕に大きな影響を与えている。


1. ハーバードMBAにつながるキャリアになったこと
以前書いたように僕は大学卒業時にMBAをとることを計画した。ビジネススクール受験においては、前職で何をしたかということが必ず最初に問われる。最終的には仕事の内容がものをいうので、回答は人の数だけある。なので間違ってもこれが唯一の方法とは思ってもらいたくないが、日本で築いたキャリアで受験する場合、メジャーなルートとしては、大きく二通り。

a. 世界のマーケットをリードする日本企業でキャリアを築く
 b. 世界のマーケットをリードする非日本企業で、日本マーケットのスペシャリストとしてキャリアを築く

ハーバードは、卒業後、世界に対して影響を与える可能性をもった人間を育てたいと思っている。入学にあたっても、その可能性の片鱗を見せる経験を積んできたかどうかをみている。その意味で、a, bというキャリアはそれを感じさせるものになりやすい。

僕は後述の2を期待して、アメリカ企業の日本法人で働くことが自分には向いていると考え、bを選んだ。実際にこのキャリアが僕のハーバード入学(、そして今のキャリア)を強く支えてくれた。


2. 20代で、特定技術のマーケット開拓をリードする経験を積めたこと
一般論として、アメリカの企業では、特定のロールの専門家としてキャリアを築いていき、早い段階から特定の分野に対して責任ある仕事をすることを求められる。若い段階でセールスやマーケティングについて密度の濃い経験を積みたいと思い、僕はマイクロソフトを選択した。特に入社4年目で移ったOSの法人向けテクニカルマーケティング・セールス部隊で、僕のセールス、マーケティングのDNAは作られた。

アメリカ企業の日本法人の面白いところは、アメリカであればひとつのプロダクトに対して複数人でマーケティングやセールスを行うところを、仕事に対して人的リソースが限られるために逆に一人で複数プロダクトを担当できるところだ。

僕の場合、部に移って間もないころ「本社が仮想化製品、あの○○の対抗製品を買収した。来年内製化して出荷するそうなんだが、おまえ、担当してみるか?」とマネージャに言われた。直感的に、これはこれまでのOSビジネスを変えると思い、「ぜひやらせてください」と手を上げた。結局そこから3年、「仮想化」といわれる分野のマーケット開拓に携わった。法人向けソフトウェア分野に関係しない人にはマニアックな話で恐縮だが、2004年末の時点では「仮想化」という言葉自体を市場に知ってもらわねばならない状況だった。それが、今では出荷されるサーバーの5台に1台はこの機能を使用すると言われるまでになった。

担当した当初は、買収された製品のコードがあるだけだった。まずはUSからもらったコードをインストールしてテストし、よくわからないのでシアトルに出張してディベロッパーに直接話を聞く。USにもらったセールスアイデアを「うーん、日本のお客様やパートナー様にはどうコミュニケーションするべきか」と悩みながら日本向けに作り直す。ハードウェアメーカー、販社の方々からフィードバックをいただきながら、日本で売れるプランにさらに直す。文字通り手探りでマーケティング、セールスを行った。そして最初のお客様と二人三脚でモデルケースを作ったり、業界でパートナーといっしょにセミナーをいくつも企画して製品を紹介したり、雑誌やネットに自分の名前入りで紹介記事を出してもらったりhttp://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20060921/248678/、やることすべてが目新しく、本当に楽しかった。

仮想化という技術自体は昔からあったのだが、それまでは特定分野で使われる技術で、一般的には今ほどは使われていなかった。マイクロソフトという立場からその技術をOSと統合し、コモディティ化して市場に広めるという過程に関われたのは、僥倖というほかない。20代半ばの「小僧」に、こんな面白い仕事をさせてくれたマイクロソフトに、僕はほんっっっと~に感謝している。


3. 「日本」を知ることができたこと
これは、外資系の日本法人にいる方ならば誰しも感じたことがあると思うのだが、「日本法人」という立場は、よくも悪くも「日本経済の力」というものを痛感する場だ。日本市場からのフィードバックを本社に送る際、「日本のこの重要なお客様、パートナーからこういう要望をいただいている」、という伝え方をしばしばする。しかし、本社の人間と話をすると、「アメリカのA社からはxxの売上げがあがっている、ヨーロッパのパートナーのB社はxxも売ってくれている」という話が出てくる。こういったA社、B社との比較の中で、日本の市場をいかに売り込むかということが、外資系で働く上では必須のスキルだ。世界の他の市場の動きをにらみながら、いかに日本の価値を示すかということを1社目で経験したことで、外からの視点で日本を客観的に見れるようになった。そして「実際に他の国の人間が受け入れられる」日本の価値を、話せるようになったことは今の自分にとっても非常に大きい。


繰り返しになってしまうが、本当にマイクロソフトでは面白い仕事をさせていただきました。マイクロソフトの経験を生かし切ったと言える30代になるよう、さらに面白い仕事をしていきます。精進!

0 件のコメント: