8/08/2010

アメリカに来ることとは、自分がマイノリティであることを知るということ

あなたは、ゲイの友達はいるだろうか。レズビアンは?人種問題について友達とディスカッションしたことは?

アメリカにくると、様々なマイノリティが存在することを知る。ゲイやレズビアンも広義ではそうだし、日本人であることももちろんそうだ。そして、マイノリティの、というよりも個人のアイデンティティについて、深く考えることになる。

この国に来ると、多くの人は自分は何か、ということを深く考えずにはいられない。僕もそうだ。下手な英語で授業に参加していかにみんなに自分を認めてもらうか、ということが、こちらに来る前は不安だった。しかし、ボストンに行き、実際に授業が始まると、みんなが自分に払ってくれるリスペクトに驚かされ、涙がでるほど感動した。「TakaはInternationalで英語は第二言語だろ?おれたちはお前の意見を聞きたいんであって、綺麗な英語をききたいわけじゃない。第二言語でがんばってるお前を尊敬してるよ。」

マイノリティを尊重することは、僕に対してだけじゃない。アメリカは他民族の国であり、さまざまなマイノリティが混在する。その歴史を通して、いかにマイノリティ、というよりもそれぞれの個性を尊重し、ひとりひとりが生きやすい社会を作るかについて、深い蓄積がある。

授業が始まるとすぐ、各国の歴史について、それぞれの出身者が昼休みに勉強会を開いてくれ、みんながそれに同席してお互いについて学ぶ。国だけではない、ゲイ・レズビアンについても、クラブがあり、各クラスのゲイ・レズビアンの人間が同様に勉強会を開いてくれる。その勉強を通して、お互いについて深く学び、お互いの違い、というよりもそれぞれのユニークなパーソナリティこそがクラス、ひいては社会に対して貢献するものであることを知る。この勉強会によって、自分がいかにものを、そして他者を知らなかったを思い知らされた。そして、この勉強会を通して、自分のこころの奥底で、相手のパーソナリティに敬意をもって、いい友達関係を築いていくことのきっかけを得たような気がする。

お互いが自分のパーソナリティを、誇りをもって語れる社会。言葉にすると陳腐だが、その場に身を置かなければ、それがどれほどありがたいかはわからない。非アメリカ人というバックグラウンドで、不安を背負って入学した僕にとって、この違いを尊重するという文化が、何よりもありがたかった。

この間、とある日本人と話した際に、「あの人はゲイかもしれない」ということをネガティブなニュアンスをこめて言っているのを聞いて、ショックを受けた。ゲイだということがどうして問題なのだ。自分だって日本人じゃないか。いや、アメリカ人がよくて日本人が悪いということじゃない。それと同じで相手のパーソナリティの重要な一部であろうゲイであることを、どうしてそんな鈍感に否定できるんだ。

そのときわかったのは、自分はこの国に来て、自分がマイノリティであること、そしてマイノリティであることを尊重されることがどれだけ嬉しいことかを明確に知ったのだと思う。僕らは、それぞれが様々なパーソナリティをもって生きている。際立ったパーソナリティをもつことは、マイノリティになる可能性があり、さらにいえばだれもがマイノリティになる可能性をもつということだ。お互いの違いをポジティブに深く学び、大切にしていくような社会になったとき、人は幸せになれるのだと思う。

2 件のコメント:

hissyfit さんのコメント...

こんにちは!偶然ブログを拝見しました。私は欧州でMBA取得予定の日本人、レズビアンです。今度LAで'Reaching Out GLBT MBA Conference'なる会議に参加します。GLBTのMBAをリクルートしにくる企業が集まります。なんてdescriminatory!と笑ってしまいたくなるとことですが、この許容の広さがアメリカ、といったところでしょうか!

TakaImada さんのコメント...

hissyfitさん、コメントありがとうございます。マイノリティがそれぞれ自分の個性をオープンに表現しつつ、他のマイノリティの個性を尊敬し積極的に交流できるところがアメリカらしい、いいところだと思ってます。
ぜひ、GLBT MBA Conferenceのことをhissyfitさんのブログで教えてください。