8/31/2010

凡人が狙ってハーバードMBAに受かる方法(3.社会人3年目 - エッセイ編)

さて、いよいよ社会人3年目、(予定どおりいけば)いよいよ受験だ!(あなたが学生時代にこれを読んでいれば)あなたはこのときまでに、GPA、TOEFL、GMATのスコアを固め、他の人にはないユニークな経験(学生時代の起業orインターンシップ、グローバル企業でのリーダーシップ、NPOでのボランティアスタッフ, etc)をしているはずだ。ここから一年は、これらをフルに活用して、受験に入っていく。

3年目は、することが目白押しなので、エッセイ編とその他に分ける。ということでまずはエッセイ編。エッセイは、力を入れて作れば大逆転が狙える分野であり、かつアドミッションが最も重視するものだ。
ここはこれまでとはちょっと書き方を変えて、レジュメ、エッセイとは何かを考えた上で、その書き方を考えてみる。


A. レジュメとはなにか - それは、あなたの「成長プランとその達成の記録」
あなたが実際に「書いて」提出するものとしては、レジュメとエッセイがある。その二つを使って、何を示したいかといえば、「あなたが将来大きな成功を収めるであろう、ポテンシャルのある人材であり、ビジネススクールが投資するに足る人間であること」だ。

これを示すために、レジュメでは、「成功体験」そして「成長の歴史」を示す。言い換えると、あなたがすでに小さな成功体験を積み重ねてきており、MBAで学ぶことで大きな飛躍をすることが期待できることを示すということ。ここでよくある間違いは、今までの「成功体験」さえ書いていれば十分だと思うこと。成功体験があることは必須で、そこに加えて計画性がなければならない。一年目の仕事からステップアップして2年目の仕事をし、2年目の仕事からステップアップして3年目の仕事をしていること。そして、そこにMBAで学ぶことを加えるとさらに大きな成長が期待できることがわからなければならない。

そういったレジュメを書くには、最初からそれなりの計画性をもって仕事をしていなければならない。だからこそ、一年目にレジュメを作り、「これから何を書くか(どんな仕事をするか)」を考えたわけである。一貫性をもってキャリアを作ってきたかどうかはレジュメをみればわかる。早い段階でレジュメを作り、何を書くかについて2年間頭を悩ましていれば、(言い方は悪いが、仮に経験が人並みであろうとも)いいレジュメになっているはずだ。



B. エッセイとはなにか - それは、あなたの「個性とビジョンを示すもの」
では、エッセイとは何か。一言で言えば、エッセイとは、レジュメにかけないことを書くものだ。では、「あなたが将来大きな成功を収めるであろう、ポテンシャルのある人材であり、ビジネススクールが投資するに足る人間であること」を判断するために、レジュメ以外にアドミッションが知りたいことは何か。それは「あなたがどういうプランをもっており、どういうことを考えて仕事をしてきたか」ということだ。

繰り返しになるが、あなたが「将来」成功するかどうかが、アドミッションにとってはもっとも重要であり、それの核になるのがあなたの人生に対する考え方だ。レジュメに現れるあなたの「過去の」成功体験はあくまで「将来の可能性」をはかるための、あなたの考え方の発露としてとらえられている。どれだけ過去の成功体験が華々しくとも、核となる考え方がつまらなければ、将来の成功はたいして見込めない。逆に言えば、エッセイに書かれた考え方が面白く深ければ、(たとえ過去の成功体験がそこまで大きなものでなくとも)ビジネススクールの学び次第で大きく化ける可能性が出てくる。この理由で、エッセイはアプリケーションにおいて最も重要なものであり、かつ逆転の余地をもっとも大きく残すものだ。

エッセイでよくある間違いが、単純に成功体験だけを書き連ねることだ。成功体験ならば、レジュメだけでいいはず。アドミッションが知りたいのは、あなたがその成功体験(や失敗体験)の裏側で、何を考えてきたかだ。経験がそれほど特別なものでなかったとしても、それによって示されるあなたの考え次第で、そのエッセイはいくらでも輝く。それぞれのエッセイにおいて、いかにユニークでその人にしかない考えを示すことができるかを問われていることを、深く頭に刻んでほしい。


C. エッセイをどう構成するか - 競合を考える
では、考え方を示すものとして、エッセイをどういう風に構成するか。学校によって課題数はことなるが、3から8個のエッセイを各学校に対してあなたは書くことになる。そのエッセイにどういう内容を書けばいいのか。

エッセイを読むときにアドミッションが考えていることは、「(ほかの学生ではなく)あなたがその学校のクラスに必要かどうか」である。ビジネススクールでは、学校の中に、世界の縮図を作りたいと思っている。たとえばクラスの1/3はインターナショナルにすることで、生徒間でたとえば中国、インドといったマーケットやその国発のグローバル企業の考え方をお互いに学びあう。インダストリーにしても同様で、クラスの中に金融、IT、流通、バイオ、様々な業界のリーディング企業出身者が集うように、クラスを構成する。

あなたのエッセイをアドミッションが読んだときに、彼・彼女が「このアプリカントは他の学生の学びに(ほかのアプリカントよりも)貢献できる」と思わなければならない。よくある間違いが、「僕は有名企業XXで△△なプロジェクトをしました」ということで十分だと考えること。有名企業出身、その会社で若手有力株であることは、トップスクールだと当たり前。たとえばMicrosoftで若手有力株というだけでは、不十分。IT業界だけでも、Google、IBM、HP、Cisco、有名な会社はたくさんある。それらからきた受験生と比べて、あなたをとるだけの意味を示さなければいけない。国籍もそうだ。もともと、国際経済における日本の重要度は次第に下がってきている中で、日本人を取ることの意味も昔と比べると小さくなってきている。たとえ仮にアドミッションが「日本マーケットについて話せる学生がクラスにひとりくらいほしいな。」と思ったとしても、日本人を取るとは限らない。場合によっては、「日本で働いたことのある」アメリカ人もしくは他のインターナショナルをとるケースもありうる。彼をとると、一人で「日本のマーケット経験+アメリカもしくは他のマーケット経験」を他の生徒に共有してくれるからだ。(実際に、僕はそういう日本を代表できる経験をもったインターナショナルにHarvardで会った。)

こういう厳しい競合状況の中で、あなたは「自分をとることは、ほかの学生をとる場合よりも明らかに意味がある」ということを示さなければならない。


D. エッセイ全体でどうまとめるか - 3つのペルソナ
僕は、上記のことを考えたときに「3つのペルソナを用意しよう」と考えた。ペルソナとは英語では仮面のことだが、パーソナリティの語源でもある。心理学のとある考え方のひとつに、「パーソナリティとは、ペルソナの集合体である」というものがある。エッセイライティングにおけるペルソナとは、あなたの考え方と、それを表現するエピソードだ。

MBA受験において、エッセイでは自分のビジネスや社会での経験をもとにして、自分の考え方を示す。エッセイひとつひとつでは、よほどの経験もしくはすぐれた考え方でなければ差は生まれない。僕のアプローチは、「ひとつひとつのエッセイで勝負するのではなく、エッセイの組み合わせであるアプリケーションを多様なエピソードの集合体として構成することで、全体としてユニークな個性を示す」というものだった。

人によっては企業経験のみをベースにエッセイに書く。それだと、最初の仕事、そして次の仕事という形で、ペルソナとしてのバリエーションは多くの場合2つくらいになる。(そしてその二つは似通ったものになりがちで、場合によってはアドミッションからすると1枚にしか見えていないこともある。)ペルソナの枚数が1,2枚と少ないと、個人として平板に見えがちな上に、同じ業界の人間とエピソードが似たようになる危険があり、差別化しにくい。そこで僕は、Microsoftでの二つの仕事(Web開発におけるピープルマネジメントの経験、仮想化のプロダクトマネージャとしてIT業界におけるリーダーシップ)で2枚のペルソナ、そして社会を企業の外からみた体験としてNPOでのリーダシップで1枚のペルソナ、そして場合によって社会に対する心理学的な考察として大学時代の心理学について4枚目のペルソナを揃え、この3, 4枚のペルソナをどの学校のアプリケーションにもすべて入れるようにして、立体的なパーソナリティを示すようにした。

前のエントリで述べたように、ビジネススクールは、企業活動だけではなく、社会全体に対して、広い視野をもってリーダーシップを取れる人物を探している。僕は、IT業界でのリーダーシップだけでなく、NPOでの経験を同級生と共有することで、他の学生の学びに貢献することを考えた。Microsoftでの経験についても、日本のIT業界の経験、US法人の視点それぞれの経験をもっていることを打ち出し(=1枚のペルソナでも実は2枚あるように見せて)、自分のユニークネスを示すようにした。ひとつひとつのペルソナ(エピソードとそこに表れる考え方)が面白いことは当然で、それだけではなかなか差がつかない。しかしエッセイの集合体であるアプリケーションパッケージ全体では、様々なペルソナを用いて多面的に自分を見せることでいくらでもユニークさを打ち出せる。たとえば以前のエントリで述べた「学生時代の起業or Internship」「NPOへの参加」といったものがあると、自分の異なる側面を示すエピソードが増え、アプリケーションがよりユニークなものになる、ということである。

*ちなみに、以前のエントリを読んでいただいている方はわかると思うが、「学生時代の起業or Internship」「NPOへの参加」は、あればいいものだが、マストの条件ではない。(日本人アプリカントだとない人の方が圧倒的に多い。)僕も「学生時代の起業」はやっていない。「やっていればよかった」です(笑)。ここで言いたいのは、「あなたはアプリケーション全体を複数のペルソナから構成しているか?」ということだ。一つのエッセイだけでは見えにくい「自分の姿」そのものを、様々なエッセイ・エピソード(=ペルソナ)を用いて全体として立体的に構成することができれば、アドミッションがあなたをクラスに必要不可欠なユニークな存在と見る可能性は大いに高まる。


E. ひとつひとつのエッセイをどこまでユニークにするか - 200題のエッセイを読む
全体として3枚以上のペルソナを用意し、各エッセイ課題に対してどのペルソナをベースに何を書くかを決めたら、あとは書き方の問題だ。実際に書き始める前にぜひやっていただきたいのは、実際の合格エッセイを読むことだ。

これには二つ理由がある。
1. 合格するエッセイは、書き方というレベルではかなり自由度が高いことを知る
2. 一方で、各学校・各設問ごとに、好まれるエッセイの傾向の存在を知る

たまに受験生のエッセイを読むと、非常に堅いものが多い。いや、堅いなら堅いでいいのだが、その人でなければ書けない、ユニークなエッセイというものにはなかなか出会えない。考えてほしい。あなたがHarvardのアドミッションだとすると、よまなければいけないのは合格者のエッセイだけではない。900人の枠に対して、合格率は10数パーセント。アドミッションは個人でも千を優に超えるアプリカントのエッセイを読まなければならないのだ。ありきたりなものや、読んでそもそも意味がよくわからないものは、それだけで合格率が下がるはずだ。。

では実際にうかるエッセイはほんとに面白いのか?
エッセイを書き始める前に、僕は下記の本&Webで合格者のエッセイを200本ほど読んだ。読むと、いかに合格者のエッセイはユニークでバラエティに富むかがわかる。

また、受験終盤には学校ごとに改めて読み直してみると、学校の設問ごとに、合格するエッセイのポイントが見えてくる。ポイントをつかみつつ、いかにユニークなエッセイを書くかにフォーカスすることができれば、あなたのエッセイはおのずと面白いものなるかと思う。

僕が受験したときは、Harvardの最初の設問は、「大学時代になにを学んだか」というものだった。ここで、僕はどうしても以前に書いた「ヒトとネズミ」の話がしたくなり、
最初の一文を「僕は大学で、ヒトとネズミが違うことを学んだ。」で始めた。

結果、面接でアドミッションにあったとき、全部終わって席を立つ最後の最後で「あなたのエッセイは理解するのが難しかったわよ」とにっこり笑って言われた。完全に不意を突かれて「さ、さんきゅー」ときわめて間の抜けた返しをしてしまい、(これってよかったってことなのか?!)とその後30分ほど帰りの車の中で悩んだのを今でも覚えている(笑)。

エッセイは、考えれば考えるほどユニークないいものがかける。エッセイはその学校への、あなたのラブレターだ。あなたにしか書けないラブレターを書いてほしいと思う。

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