12/21/2011

忘年会のひとこま

昨日の飲み会で、「ゲイの友達がいる」という話をちょっとした。別にそれ自体は特別なことじゃないと思うよ、という話。以下に書いたように、僕はアメリカにいたころ、ゲイの友達と知り合い、自分の考え方がいかに閉ざされてたかを知った。
http://takaimada.blogspot.com/2010/08/blog-post_08.html


飲み会の席だったからか、僕の説明がへたくそだったからか、僕が伝えたかったことはいつものように、ちゃんと伝わらなかった。(ワハハ、いまだくんて変わってるよねー。q.e.d. )
そもそも、飲みの話。「で、何がおもしろかった?」 うーん、特別おもしろくはないです。


そうだよなー、これが日本だよなー、と、自分がさびしいことに気づく。説明することをあきらめることが、日本に帰ってきて増えたように思う。

12/04/2011

無事是名馬

前の会社でバイトの方に仕事をお願いしていたときのこと。

「いまださん、これちょっと終わりそうにないので、残ってやります。」
「それって契約違反だよ。そんなことはお願いしていないよ。」
「?」
「僕は君の今日5時間をxxで買っている。君にお願いしたのは、その5時間で、△△な仕事をやってもらうことだよ。5時間以上かけることは、契約違反だよ。5時間でできないと思ったら、お願いしたその場で、そうでなければわかった時点ですぐに相談してくれないと。」
「。。。」


僕が新卒でMSに入社したときに、最初に先輩に言われたのが、以下の言葉。
「君はいること自体がコストだよ。場所代、光熱費、等々。君に払っている給料なんてごくごく一部。全部ひっくるめて、いくらかかっているか、わかる?そして、いつ、きみはそのコスト以上の仕事をできるようになると思う?」
「。。。」


日本に帰ってきて思ったのは、「時間をかけてがんばる」ことをよしとする人が、未だに数多くいるということ。でも、仕事においてまず大事なのは、コストがどこに発生しているかを把握すること。時間もコストであり、「何時間かけてどれだけのことができるか」を正確に見積もれないと、バイトの方はよくても、そのバイトを使う経営者はかかるお金の見積もりができない。


同じような問題は、ほかでもいくつも散見される。「風邪を押して会社にきている」「寝ないでxxに対応した」等々。でも、本当に大事なことは、「風邪にならないように厳しく健康管理をしている」「業務のスケジュールをきっちり組んで、無駄な仕事はしない、プライオリティの高い仕事から早めにとりかかる」といったことのはず。プロセスでの失敗が、なぜか美談になることを許す甘さが、まだまだ多くの組織に見受けられるように思う。


本当の成功とは、目立たない。でも風邪も引かず、9時5時で仕事をしっかり仕上げて(余分な光熱費も使わず(笑))さっさと帰る人こそが、モデルケースなのだ。

よく、「経営者目線でものを考えよう」と言う。経営者目線の一歩は、「風邪を押して/残業して仕事する」甘えを捨てることだと思う。すなわち、目立たない、でも無駄のない仕事をできるようになることだと、最近よく思う。



B-Schoolに行くまでにやっておくべき4つのこと

皆様、ご無沙汰してます。4月に転職してからどたばたが続き、やっとこのブログにアクセスする時間ができました。文章を書くということは、僕にとっては人生のページが進むことと同じ。もっといろいろ書かなければ。。

今日は、1月からヨーロッパの一年生MBAに留学する、以前私が在籍していたNGOの後輩とランチしてきました。(Aさん、ありがとう。僕にとっても非常にいい刺激になりました。)そこで話したアドバイスを簡単に共有しておきます。

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1. 宿題はきっちり終わらせておく
http://takaimada.blogspot.com/2010_03_01_archive.html
にも書いたのですが、MBAの宿題は非常に重要。特にFinanceとAccountingに関しては宿題をやっておかないと、下手をすると最初の学期は最後までキャッチアップできない危険性がある。逆に宿題を十二分に理解しておけば、最初の学期からAを取ることも狙える。

2. 就職活動をスタートする
ビジネススクールにいる時間は非常に短い。特に多くのヨーロッパ系は一年だけしかなく、本当に就職活動に充てられる時間は、実は半年くらいしかなかったりする。勉強もだが、就職活動の方も非常に大切。

もちろん、卒業後にやりたいことは人様々だろうが、以下は僕同様、卒業後すぐは海外で働くことを予定している人向け。

あなたが大手外資系出身なら、先輩・同僚で今から入学する学校のOB・OGが現地にいるはず。彼らに今からアポをとって、渡航後にすぐ会うこと。

会って何をするのか?(最初は学校生活へのアドバイス等を伺いながら折を見て)現地でインターン・パートタイムで仕事ができないかをそれとなく聞く。もちろん、今の仕事が卒業後もやりたい仕事ではないかもしれない。しかし、現在の仕事をヨーロッパ・アメリカでやり続けるオプションは、もてるならば絶対に持っていたほうがいい。(あなたは、その仕事が好きだから今まで続けてきたはずだ。)とれるオプションから確保した上で、次の一手を考えるべし。いったん現地で就職してしまえば、そこからの転職の道も開けてくる。留学生が就職する上でハードルになるのが、自分の価値をverifyする機会が圧倒的に少ないということだ。(たとえば「私は日本のxx銀行、○○商社で働いてきました」と言ったところで、アメリカ人やヨーロッパ人には伝わらないことは多い。)これに対するカウンターが在学しながらのインターンシップ。インターン・パートタイムであれば雇いやすく、お互いにリスクも少ない。早い段階でこういった機会をもつこと。

その人たちに会う上で、英語のレジュメもちゃんと持っていくこと。MBAにアプライする段階で英文レジュメは用意しているはずだが、多くの場合、そのレジュメはまだまだ完成度が低い。実際にレジュメを日々アップデートしている(そして多くのレジュメに目を通している)アメリカ人、ヨーロッパMBAにレジュメをチェックしていただき、ブラッシュアップしていく。英文レジュメは非常に重要で、多くの日本人のレジュメは完成度が低く、面接にすら呼ばれないケースが散見される。


3. Facebook, LinkedInアカウントをセットアップする
MBAの学生は、基本的にFacebookでコミュニケーションをとり、LinkedInで就職活動をする。これを読んでいる多くの人はすでに両方をもっていると思うが、これらをセットアップし、中身を就職活動を意識したものにすること。LinkedInについては、まずは英文レジュメの内容を引き写すのでよい。

こういうことを書くと、「全部自分のプライバシーを公開して、大丈夫ですか?」などとたまに聞かれることがある。あなたが、有名芸能人であれば気にしたほうがいいと思う。でも、多くの場合、あなたのプロファイル情報の問題は、それが人の目にふれることではなく、ほとんど興味をひかないことにあると思う。

Facebookについては、知り合った友達は片っ端から追加していくとよい。LinkedInについては、知り合った人を追加するだけではなく、就職活動上会いたい人を探し、コンタクトするためにも活用するべき。(場合によっては有料機能も利用。)


4. 教授とのコンタクトを深める
これは、留学したあとになるかもしれないが、教授とのコンタクトは極力持ったほうがよい。(僕は仲のよい教授とは、一月に一回くらいは会うようにしていた。)B-Schoolの教授は、多くの面白い企業とネットワークをもっていて、共同研究をしている。早い段階で彼らにコンタクトをして、「自分は将来~をしたい」と自分のキャリアプランを伝え、アドバイスを定期的にもらうこと。教授によっては、彼らがネットワークをもっている企業のコンサルティングプロジェクトにあなたを入れてくれたりする。また、教授の深いアドバイスは、卒業した後も大切。僕も卒業後も、何人かの教授に、節目節目でアドバイスを伺っている。B-schoolに行くというのは、「人生の師」と会う機会でもある。


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その人と最後にあったのは、僕がボストンにいるときで、実に4年ぶりの再会でした。「今田さん、まるくなった感じがします」といわれました。

一方で、彼女の話を聞いていて、キャリア、というよりも、人生に対するパッションが、最近の自分は弱くなっていたのでは、と気持ちを新たにしました。

まだまだ丸くなるような歳ではまったくない。気持ちを入れなおして、前に進まなければ。

5/08/2011

母への返信

今日、母からメールがきていた。母の日のプレゼントに対する礼状で、加えて僕の近況(転職)に関する簡単な励ましの言葉があった。それに対する返信。




「よろこんでくれてなによりです。
ま、人生なるようになるでしょう。最近そこそこ人生を楽しめている自分がいます。
これからの10年、また僕は大きく変わると感じてます。大事なことは小さな変化を絶えず自分と周囲に毎日起こすことにあると思います。明日も、小さな一歩を踏み込むつもりです。

とりいそぎ。
隆秀」


4月に働く場所を変えたのだが、また新しいチャレンジに自分がアクティベイトされているのがわかる。常に新しいことに取り組むことが自分の可能性を引き出してくれる。
と、いうことで(書きたいことはいろいろあるのだが)明日にそなえて今日はこのへんで。

2/19/2011

「正しき酔っ払い」のあり方

前々から思っていることに、「プライドと酒は似ている」というのがある。質の悪いプライドに酔う者は醜いが、人からみて「かっこいい」と思わせるプライドというものも存在する。


僕は、安いプライドにこだわる人間が苦手だ。たとえば狭い社内であったり、狭い日本人コミュニティの中で自分の立ち居地を気にするような人間。はっきりいって、たかだか数十人、数百人、(いや数千万人程度も含めて)の中で、となりのたいして自分とかわらぬ凡庸な人間と優劣を競うことにどれだけの意味があるのかと思うことは、日本にいると特に多い。(日本人にとって海外にでることの意味のひとつは、海外の本当に優秀な人たちと出会い、日本がいかに狭いか、いかに凡庸な集団の中でさして意味のない優劣を気にしてきたかを痛感することだと思う。)そういう人間をみかけたときに思いだすのは、安いアルコールで酔いつぶれ、まわりにからむ酔っ払いの姿だ。


だが、それ以上に苦手なのが、「謙虚」であることを自分にも周囲にも強いるような人々だ。成功した人をねたみ、「あの人は傲慢だ」といううわさが周囲に流布するのも、日本ではみられる風景だ。そういう状況にたまたま足を踏み入れ、「おまえもそう思うだろう」とぬかるみにひきこまれるたびに、胃に重いものがたまったような気持ちになる。プライドを持ちたいのに、そうできないどろどろとした思いの粘性を感じたとき、いいようのないその重苦しい嫉妬にこちらも苦しくなる。


自分を含めて、大多数の人間は、プライドによりかかって生きている。かっこいいと思われたい、かしこいと思われたい、認めてもらいたい。プライドは酒と同じで、なくてもいいものだが、多くの人はそれを好み、ときとしてそれに頼るときがある。そして、プライド自体はけっして悪いものではない。本当に優れた結果を出している人は、その自信が他人をもひきつける。自分の生き方に誇りを持ち、全力で前に進む人の話は、聞いてるこちらにまで力を与えてくれる。HBSやシリコンバレーで出会った人々のプライドはかっこよく、僕を鼓舞するものがあった。良い酒は、人を集め、その場にいる人々に活力を与える。


中途半端に「謙虚」になって、気持ちの悪い思いをするくらいなら、自分だけでなく、周囲をも酔わせ、力を与えるようなプライドを持とう。「いい酒」を醸せる人間になりたいと、最近よく思う。

1/10/2011

マンモスにとっての「氷河期」、恐竜にとっての「ジュラ紀」

ここのところ、「就職氷河期」という言葉をよくきく。前々から、僕は「氷河期」という言葉に違和感を持っていたので、そのことについて書いてみたい。


「氷河期」と聞いて僕の頭に思い浮かぶのは、マンモスが歩いていた数千万年前の頃のことだ。これは歴史の話で、僕にとっては直接的には関係のない、とてつもなく遠い世界の話だ。

一方で、僕が新卒として就職活動していた10年足らず前も、「就職氷河期」と言われていた。が、僕にはどうしても自分の就職活動が上記の「氷河期」と結びつかなかった。僕を含めて、就職活動を行っていた同期たちは「就職大変だね」という話を世間話としてすることはあったが、だからといって「氷河期」という認識はもてなかった。僕らにとって就職活動は目の前の現実であり、「氷河期」とラベル付けするには、いささか日常的にすぎた。自分たちの日々の生活をまるで歴史の教科書の新しい一ページのように取り扱われるのは、とても「へんな感じ」だった。「就職氷河期、たいへんだね」といわれても、「たいへんじゃない」就職活動というものがどういうものか、ぴんとこなかった。氷河期に氷の上を歩いているマンモスが「この時代は寒いね」と言われてもぴんとこないのと同様に。


「氷河期」という言葉が使われるときは、それが使う本人にとって、はっきりいえば「ひとごと」のときだ。ある意味、歴史的事実、にひっかけた用語になってしまっている時点で「自分とは関係ない」というニュアンスを感じるのは僕だけではないはずだ。実際に「氷河期」という言葉の使い手をみると、いわゆる僕らのさらに一回り上のバブル世代、さらにはその上の世代だ。僕らにとって、(楽だったと彼らの言う)彼らの新卒としての就職活動が「ひとごと」なのと同様、彼らにとって僕らの世代や、今の新卒の世代の就職活動は「ひとごと」なのだと思う。上の世代は「たいへんだね」というが、実際のところ上の世代が下の世代に何かをしてくれるわけではないし、また就職活動する下の世代も大多数は「そういうものだ」と思って就職活動している。まあお互い就職活動はしょせん「ひとごと」なのだから「ひとごと」という扱い自体は間違っていない。


あえて、「氷河期」という言葉におかしいという点をあげるとすると、「氷河期」という言葉を使う人たちが経験したような就職活動の時代は、もう来ない、ということだ。

僕らの世代、下の世代の多くは、今の状況が「一時的な不況」だとは思っていない。ここでは難しい話をする気はないが、グローバル化、日本社会の高齢化、様々な構造的な変化によって今の状況は起こるべくして起こっており、この変化は不可逆的なものだと、僕らから下の世代の多くは思っている。また、今の状況が昔と比べて大きく間違っているとも思ってはいない。若いうちからスキルを積むことを求められ、グローバルにさまざまな地域、世代の人たちとひとつの労働市場の中で動いていく今の時代は、あるべき姿だと感じている者も多いと思う。むしろ「氷河期」と騒いでいる上の世代をみて「何をいまさら、とっくの昔に恐竜が時代を謳歌できたジュラ紀は終わったのに」というのが、僕らの大多数の感覚に近い。でも、きっと、彼らにとってはすでに終わった自分たちの時代を仮に「ジュラ紀」だといわれてもぴんとこないのだ。僕らにとって「氷河期」がぴんとこないのと同様に。